4年目

東日本大震災から4年。
今回は思うところもあってちょっと長くなりそうだし、内容も硬いです。

この地震は4年経った今でもワタシの中に実感としてある。

例えば、規模で言ったらスマトラ沖の地震やハイチの地震などもっと被害が出た自然災害もたくさんあったけど。
悪い言い方だけど、正直に言えばそういうのはどこか「対岸の火事」みたいなところがあった。
実感としては薄いのです。

それは、20年前の阪神淡路大震災だってそうで。
ワタシの父方の親戚は神戸や大阪に多いけれど、親戚にはそこまで被害がなかった事もあって、メディアをとおして甚大な被害を見て心を痛めたり悲しみに共感しても、そこにあった『怖さ』にまでは思い至らなかった。

3年目の時に書いたけど、東日本大震災では、地震を体感し帰宅難民になり家族との連絡もままならず、実感としての災害があった。

さらには立て続けに水素爆発を起こして、何がどうなってるのか実状が分からない原発。
何か起ってから逃げても遅い、と思いながら不安の中で日常の体裁を整えて過ごしてたけどホントはとっても怖かった。

毎日ネットで外国(日本でそういった情報を出してる機関がなかったので)のサイトの放射線拡散予測を確認して、放射性物質が多くなりそうな日には厳重に家の窓を閉め、マスクをして通勤したし、当時(今もしてるのかな)公開してた福島第一原発それぞれの炉内の温度を表すグラフも毎日チェックして、高温で推移する1〜3号機に不安を募らせたりしてた。
それに対して関係機関は「すぐに人体に影響のないレベル」を繰り返すだけ。

ワタシの住んでた市町村でも、授乳中のお母さんの母乳から放射性物質が検出されたりして小さくニュースになってたけど、すべては「すぐには人体に影響のないレベル」。
こうなると、かえって不信感と不安が増す。

園子温監督の原発事故をモデルにした映画『希望の国』の中に、放射能恐怖症となって近所のスーパーへの買い物にも防護服を来て行く主婦が出てくる。
実際にはそんな行動に出ないけど、その気持ちはよくわかる。

ワタシみたいな、首都圏に住んでてたいした被害がなくてもこんなに不安だったんだから、被災地で津波に巻き込まれ、家族をなくし、生活基盤の全てをなくした方、原発事故で避難を余儀なくされた方など被災地の方達の事を思うとかける言葉が見つからないし、一触即発の原発で作業にあたってた作業員や自衛隊の方には心から感謝して頭が上がらない。


4年経った今、被災地のインフラのほとんどは復旧したけども、去年3%程だった災害公営住宅の整備は今も20%に満たないまま、来年で『集中復興期間』が終了する。

地震や津波などの自然災害は、これは避けて通るのは難しいとも思いますが。
その後に起った原発事故は人災だと思うし、それに対して政府や東電がベストの対応を尽くしたのかと言ったら、疑問は残るとは思う。

先の見通しが全く立たない原発の事故処理を抱えて、「全てはコントロール出来てる」と海外に向けて発信する首相にも、つい先日も1年近く港湾外に高濃度の汚染水が流れてるのを知りながら公表してなかった事が発覚した東電にも不信感はいっぱい。

いまや日本から遠く離れた外国に住んでるワタシが言うのもナンですが。


安倍首相は2020年の東京オリンピックは復興五輪として被災地復興のアピールをしたいと公言しているし、前出の「全てコントロール出来てる」も五輪招致の際の発言だったと記憶してますが。

こうなったら、ここはひとつ是非とも有言実行でお願いしたい。


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まや

Author:まや
2008-2010年の留学でイギリスに滞在。イギリス人のTとの結婚を機に2013年から再びイギリスに住むことになりました。
ことあるごとに心折れそうな英国生活と日々格闘。
在ロンドン。

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